■プロローグ  真昼間のとある住宅街の片隅。喫茶バー・グラスホッパーという看板を掲げた、喫茶店兼バー。そこに、一人の男が入店する。  カウベルが彼の存在を知らせ、オレンジ色の伝統で照らされた薄暗い店内と、若いウェイターの「いらっしゃいませ」という出迎えの声。カウンター席が六つと、ソファ席四つの小さな店。男は、カウンターの中に居るウェイターの前に座ると、ウェイターはおしぼりをさし出してきた。 「ああ、いや。あたいは客じゃないんだよ」 「へ? ――じゃあ一体なんですか?」  男性なのに自身をあたいという客に、警戒しているのか。ウェイターが一歩退いたのが目についた。 「実は、あんた――芳野春樹に頼みたいことがある」  男は、このウェイター芳野春樹に用があって、この喫茶店に来たのだ。 「……頼みたいこと?」 「そう。実はさ、今ちょーっとやばい仕事があって。んで、戦力が足らないから、あんたに集めてきて欲しいのよね」 「……ええ?」  男はにやりと笑って、一言。 「『仮面ライダー』を集めてきて。そうしたら、あなたの記憶を蘇らせてあげる」 「……俺の、記憶を?」  春樹は、カウンターから乗り出してきて、男と額を付きあわせそうになる。男は、キスでもしそうな程近づいた春樹の顔を見て、信用させるかの如くゆっくりと頷いた。そして、指を弾いて鳴らすと、春樹の体が徐々に消えていく。 「――んなっ」 「あたいの名は、仮面ライダー新都。頑張んなよ……仮面ライダーフレア」 ■仮面ライダー百鬼編 「暇っスねえ」  薄暗い美術館にあくび混じりの声が響く。声の主である若い警備員の名前は、宇野和人。肩ほどまである髪と、頼りなさ気な顔が特徴的な青年だ。懐中電灯で行く先を照らしながら、今日も今日とて仕事をこなす。そこかしこに現実感のない値段がつけられた美術品が並ぶ大広間の様なところに出て、今度はあくびだけを吐き出す。普段はとある雑居ビルを守っている立場なのだが、警備会社の社長に、人手不足を理由に駆り出されたのだ。 「暇なのはいい事じゃねか」  宇野の隣を歩く、無精ひげの男は、寺江守。宇野の先輩警備員だ。痩せ気味だが筋肉質の体躯が、非常に頼もしい。 「まあ、そうっスけど……」  仕事をしているからには、やはり何かしらの刺激が欲しい。その不満がつい漏れてしまった。しかし、それはある意味不謹慎なこと。宇野は、頭を掻きながら「すいません……」と呟いた。 「仮面ライダーが事件望んでどうすんだよ」  仮面ライダー。守は何気なく言った言葉だったが、宇野はその言葉に、今でも緊張を感じてしまう。スーツアクターを目指していた彼に取って、仮面ライダーはただの特撮ヒーローではないのだ。  ――それに、今は彼自身も、仮面ライダーとして戦う運命にある。 「うーのーくーんッ!!」  いきなりの大声が廊下を震わせた。甲高い女性の声。天井から、声の主が二人の前に降ってきた。メガネに三つ編み。白い装束と、狐面を後頭部にかけた少女。名は樫木真羽。宇野を仮面ライダーにした少女。 「ど、どうしたんスか真羽ちゃん?」  うろたえて腰の引けた宇野が、彼女の出現、その理由を問う。 「出たよ。魔妖折衷!」  彼女の真剣な目が宇野を捉える。その瞬間、宇野は反射的に守の顔を見ていた。彼は歯を見せて笑うと、宇野の背中を叩いた。 「うっしゃ! 行って来い宇野!!」 「はい!!」  宇野にとって、守に喝を入れてもらうことは、ある意味験担ぎだ。そうすることによって、彼の中に火が灯る。それは、元々彼の中にあった火と融け合って、炎になる。 「それで、真羽ちゃん。その妖怪はどこっスか!?」 「えーと……」 「ここだ」  真羽の後ろに立った、ロングコートにフードを目深に被った男。真羽が鬼様と呼ぶ妖怪の男だ。もちろん、彼が魔妖折衷に侵された妖怪、というわけではない。妖怪は、この美術館にいる、ということだ。 「本当ですか!?」  四人は、静寂に満ちた美術館内を見渡す。宇野にも、気配だけはなんとなく感じる。皮膚に炭酸をかけられたような、淡い刺激。 「クンクン……臭う。臭うなあ」  聞き覚えのない低い声が、夜の美術館に反響する。そして、それに続いてひたひたと聞こえる裸足のような足音。四人は、揃って廊下の先を見た。 「んー。臭う。仮面ライダーの匂いがしますなあ……」  視線の先にいたのは、犬を人の形にしたような化物だった。体は筋肉質だが、毛並みや色、顔の形から察するに、おそらく犬種はゴールデンウィークレトリーバーだろう、と宇野は推測する。 「んー。この中の誰かが、仮面ライダーですかねえ」  指で自らの鼻をつつきながら、犬男は四人をまじまじと、値踏み感覚で見つめる。くんくんと鼻をひくつかせる様は、じゃれてくる犬そのものだ。 「……なるほど。そこのあなた!」そして、犬は値踏みを終えたらしく、宇野を指さした。「仮面ライダーですね? ……お命、頂戴!」  そして、四人に突っ込んでくる犬男。 「百鬼殿!」  鬼は、真羽と守を一瞬で抱え、宇野から離れる。  宇野の腰には、バックルに円柱形のモチーフがあしらわれたベルトが出現。そして、ポケットから『百鬼』と書かれた巻物を取り出し、目の前に差し出して、叫ぶ。 「変身ッ!!」  同時に巻物をベルトに収めると、宇野の体が変貌していく。巻物の様なマフラー、鎧の様な装甲にマスク。百の妖怪を統べる始まりの形態。仮面ライダー百鬼である。 「仮面ライダァァァァァァァッ!!」  犬男は、腕をまるで、カマキリの刃のように変え、百鬼に襲いかかる。しかし百鬼は、じっとその軌道を見つめ、最低限の動きで躱す。元々殺陣が得意だったこともあるが、最近の戦いで経験を積んだのだろう。百鬼の動きは柔らかく、まるで子どもでも相手にするかのように余裕がある。  しかし、犬男は片手を腕に戻して、百鬼のマフラーを掴んで引きよせる。 「うわああッ!?」  引き寄せられる先には、犬男の口。鋭い牙から唾液が滴り落ち、今か今かと獲物を待っている。その口を、百鬼は両腕で抑えつける。頭が半分ほど入りそうになっているが、百鬼の腕がつっかえになって、まだ食われてはいない。 「ぬぐぐぐぐぐぐぐぐ……ッ!!」 「ウノくん使ってッ!!」  真羽は振袖に収まっていた巻物を投げる。その巻物と、ベルトに収まっていた巻物が入れ替わり、百鬼の姿が変わっていく。  そこに書かれた文字は、阿修羅。 『攻撃型――阿修羅!!』  ベルトが野太い叫び声を上げる。百鬼の腕が六本に増え、それぞれが普通の腕よりも肥大化している。もちろん、筋力も増強されている。 「はあああああああああッ!!」  口を押さえた腕以外の四本で、その犬男を持ち上げ、真上に投げる。 「くっ……!!」  そのまま、六本の腕に力を込める。降ってくる犬男を迎撃する体勢に入った。腕の間合いに落ちてきた犬男に向かって、思い切り拳を突き出した。 「せいやああああああッ!!」  しかし、その拳に大した手応えを感じられない。当たりはしたのだろうが、明らかに勝利の手応えではないのだ。 「……ふう。あぶない、あぶない」  見れば、腹を押さえた犬男が、地面に膝まづいていた。ぎりぎりで体を捻って躱したらしい。仕留めるまでは行かなかったものの、戦闘はしばらく無理だろう。 「仮面ライダー百鬼。覚えましたよ……」 「……犬さん。あなた、何者っスか」  百鬼は先程から、言い知れぬ違和感を抱えていた。今まで戦ってきた敵とは違う何か。言うなれば、『種族』が違うという様な何か。 「自己紹介、しておきましょうかね。……私は、ドックオリジン」 「オリジン?」  そんな妖怪いただろうか? 百鬼は六本の腕を組み、首を捻って記憶を漁るが出てこない。彼自身、あまり妖怪に詳しいタイプではないが。  しかしそれでも、目の前にいるドックオリジンという存在が、魔妖折衷に侵された存在ではないことだけはわかる。そもそも、彼が妖怪かすら怪しい。 「では」  それだけ言うと、ドックオリジンは消えて行った。まるで霧が晴れるみたいに、跡形もなく。  百鬼は、ベルトから巻物を引き抜くと、変身が解除されて、元の宇野和人に戻った。 「百鬼殿」 「うわあっ!」  気配もまったく感じさせず、隣に現れた鬼に驚いた宇野は、思わず飛び跳ねてしまった。薄暗い館内も相まって、鬼のルックスは酷く心臓に悪い。妙に現実感のある怖さだ。  「お、鬼さん……いきなり隣に立つのやめてもらっていいっスか……?」 「申し訳ありません……」表情はフードで窺えないが、口元から察するに、申し訳ないという言葉に嘘はないらしい。 「ウノくん! 大丈夫だった?」  駆け寄ってきた真羽は、心配そうに眉をひそめて、彼の周りをうろうろ回りながら全身をくまなく調べる。困惑する宇野は彼女に気圧されてしまい、何も言えなくなっていた。 「樫木の娘。百鬼殿が困っている。そこら辺にしておけ」 「ああ、ごめんウノくん。……まあ、無事みたいでよかった」 「しかしよお。さっきの敵、なーんか変だったよな?」  先程までドックオリジンがいた場所を見ながら、守が呟く。 「いつもみてえに、ネジが飛んでるって感じじゃないし……。つーか、百鬼狙いって、明確な目的持ってやがったぞ」 「……ふむ。この者の言う通りだ」  鬼はアゴに手を当てると、軽く俯いて、一言。 「これは、ミリオン以外の新しい勢力が動いている可能性がある」  魔妖折衷の感染源。吸血鬼のミリオン。  それとは違う、新たな敵――オリジン。  宇野は思わず、拳を握る。だが、震えてしまって力が入らない。彼はまだ、戦う事がこわいのだ。 「ギャアアアアアッ!!」  突然、美術館に悲鳴が響く。声の主は、おそらく先程のドックオリジン。四人は、声がした方向へと走った。その方向にあるのは、彫刻品が並ぶ中庭が広がっている。  中庭に出た四人は、中庭の中心で、満月に向かって吠えているドックオリジンを発見する。腕は片方落ち、明後日の方向に殺意を飛ばしていた。その方向には、白いマフラーをはためかせ、白銀の外殻に身を包んだ仮面ライダーが、美女を模した彫刻の上に立っていた。 「……あれは、百鬼じゃない、っスよね?」  宇野は思わず、真羽を見る。しかし真羽も知らない様で、首を振る。そうなると二人が頼るのは、鬼だ。しかし、その鬼も首を振る。 「おいテメエ!! 何芸術品の上に乗っかってやがんだ!!」  しかし、その正体不明の仮面ライダーにも臆することなくヤジを飛ばす。この男寺江守は、生粋の警備員である。 「え、わああ! すいません!!」  驚いたらしい謎のライダーは、急いでその彫刻から飛び降りた。  その様を見て、少なくとも敵ではないだろうと、安心する宇野。おそらく、あのドックオリジンを相手にしているのは、あのライダーだろう。 「――っちいい! まさか、ここにいるとは思いませんでしたよ、仮面ライダーフレア!!」  ドックオリジンは、焦りが濃厚に滲み出した声で叫ぶ。しかし、謎のライダー、フレアは意に介さず、ゆっくりと彼に向かって歩き出した。 「さて。おとなしく、燃やし尽くさせてもらおうか……!!」  フレアの体から溢れ出る殺気。その殺気は、宇野が感じたことのないもの。 「――ここで負けるわけには、行かないんですよおおお!!」  叫んだ瞬間、ドックオリジンの顔面が割れ、中身からズルズルと、大きなカマキリが出てきた。三階建てのビルはあるかという巨大な体躯。鋭い鎌がなんとも存在感がある。 「――あれは、大蟷螂。オリジンの血を、魔妖折衷されていたのか?」  鬼が呟く。真羽は、「自分の食った美女の皮を被るって、あの?」と、頭の中の妖怪辞典を引いて答える。守は、「どこが美女だよ。少なくとも美犬だろ」と呆れながら呟いた。 「しかし、まだオリジンの血が残っているらしい。意識が大蟷螂の物ではない」 「――じゃあ、フレアさん助けなきゃ!」  ポケットから巻物を取り出し、オーガドライバーに装填。百鬼に変身し、フレアの元に跳んだ。 「フレアさん! 僕もやります!」  突然隣に現れた百鬼を見て、フレアは「そうか。あなたがこの世界の仮面ライダー……」 「え、あ。百鬼っス」 「うっし。んじゃあ、行きますか百鬼さん!」 「ああ、ちょ、フレアさん!」  妖怪相手に、臆せず突っ込んでいくフレア。すごいなあ、と感心のまなざしで、その背中を見つめる。 「キシャァァァっ!」  足元にやってきたフレアへ、大蟷螂がモグラ叩きでもするみたいに鎌を叩きつけてきた。 「うわぁ! っと!!」  危なっかしく、地面を転がりまわりながら、それを躱すフレア。しかし、彫刻に躓いて転んでしまい、鎌がフレアに向かって落ちてきた。百鬼は、「危ない!」と走りだした。再び、フォームを阿修羅に変えると、フレアの前に立ち、彼を狙った鎌を、六本の腕で白羽取り。 「うおおお。六本腕!」  興奮した様に叫ぶフレア。よほど六本腕が珍しいのだろう。 「うっし! んじゃあ、俺も!!」  フレアは、跳び上がると、百鬼が押さえていた鎌を炎をまとったレガースの蹴りで砕いた。バキンと、ガラスでも割るような音が当たりに響く。 「オオオオオオオッ!?」  大蟷螂は、まさか自身の鎌が折られるとは思わなかったのだろう。悲鳴にも似た怒号を叫びながら、二人から後ずさっていく。百鬼はそれを見ると、巻物を阿修羅から百鬼に入れ替え、通常のフォームに戻る。  そして、大きく息を吸い込んだ。  聞け、これこそが、妖を統べる鶴の大号令!! 「――皆、来ォォォォォいッ!!」  その瞬間、まるでコンサート会場にでもいるかのような怒号が、辺り一面に鳴り響いた。どこに居たのか、マイナーな妖怪からメジャーな妖怪まで。百鬼の後ろに現れる。 「な、なんだこれ……!?」  初めての光景に、フレアは目が釘付けらしく。妖怪たちをすべて目に焼き付けようとじっと見つめる。  そんな中、百鬼が跳び上がると、百は軽く居そうな妖怪達も一斉に跳び上がる。 「これは、俺も行かなきゃだな」  フレアはそう決めると、百鬼の隣に飛び上がる。そして二人は、百鬼夜行の一となり、大蟷螂へと必殺の一撃を叩き込むべく、叫ぶ。 『ライダァァァァァ! ダブルキィィィック!!』  二人の蹴りは、大蟷螂を貫いた。大蟷螂の後ろに着地したその瞬間、煙幕の様な白い煙が上がり、いつの間にか百の妖怪達は姿を消していた。  いたのは、煙から姿を表した、小さくなった大蟷螂だけだった。とは言っても、その大きさは、成人男性くらいはある。  フレアはそれを確認すると、ベルトに収まっていたディスクを引きぬく。フレアになっていた男性は、ラフな七三に仕上げた黒髪に、黒いジャンパーに白いTシャツ。デニムのパンツと、一件どこにでも居そうな青年だ。 「初めまして、百鬼さん。俺、芳野春樹っていいます。スプリングウッドって書くんです」  百鬼も、巻物をベルトから引き抜くと、宇野に戻る。  二人は人間に戻って、握手を交わす。 「俺、仮面ライダー新都って人に、仮面ライダー連れてこいって言われたんだけど、具体的にどうすれば……」 「へ? ――仮面ライダーって、僕がっスか?」 「ええ」  そう言われると、宇野は自分の表情が緩むのを抑えられなかった。やはり、他人からそう言われるのは嬉しいのだ。 「ちょっと待ちなぁ」 「「うわああああッ!!」」  突然、宇野の隣に立った目元を隠し、方に骸骨の飾りを乗せ、太い腕を顕にした大男が現れた。彼の名は阿修羅。闘神の名を冠する大妖怪だ。その突然の出現に、春樹はもちろん宇野までも驚いた。何故妖怪とは、人を驚かせるのがそんなに好きなのか、宇野は鬼の顔を思い出しながら、内心でそう呟いた。 「驚かさないでくださいっス阿修羅!」 「なんども言うが、妖怪がフツーに現れちゃかっこつかねえだろ」  その理論は知らないから、郷に入れば郷に従え、という言葉に従ってほしい。宇野は、そう思わずには居られなかった。 「……お前、大妖怪クラスの気配を感じるが。そいつは俺の、気のせいか?」  明らかに春樹を睨みながら、阿修羅は呟いた。 「僕も、阿修羅に同感だね」  そう言って、また宇野の隣に現れたのは、鳥の頭に白いスカーフ。そして、スーツで決めた大妖怪。鳥神・迦楼羅(ガルダ)だった。 「――しかも、僕によく似た気配を感じるのだけど。どうかな?」  春樹が口を開こうとした瞬間、春樹の胴体が消え始めた。 「え、なんだこれ!?」  胴体から、頭爪先に向かってどんどんと消えていく。 「――すいません! お二人さん。でも、妖怪云々は俺、知らないんで!」  それだけ言い残した春樹は、完全に消えてしまった。 「――大丈夫なのか? あの男は」  ガルダが、心配そうに宇野を見つめる。しかし宇野は、ガルダとは対照的に笑って見せた。 「大丈夫っスよ、きっと。だってあの人も、仮面ライダーっスから」  宇野にはそれだけで、彼は味方だとわかった。仮面ライダーは、例え目的がなんであっても、人の為に戦うという意思では変わらないのだから。 「……さて、仕事に戻るっスかね」  そう言って、腰にぶら下がっていた懐中電灯を引き抜いて、スイッチをつけようとする。その瞬間、自分の腕が消えていることに気がついた。 「――あれ?」 ■仮面ライダーマイ編  狩野克弥は、目の前に倒れる男を見て、どうするべきか迷っていた。  現在彼は学校からの帰り道で、帰った後には氷上舞という可愛らしい恋人の家に行く、大事な約束がある。 「……行き倒れ、だよな」  うつ伏せに倒れている所為で顔はわからないが、身長は高めだ。  黒い革のジャケットに、灰色のフードが付いている。デニムのズボンに包まれた足は、なかなか長い。  彼を助けていたら、マイの家に行く時間があるかもわからない。   ――しかし、彼は友人の一人に『とことんお人好し』と言われる程の青年である。それに 「……行き倒れの人見捨てたーなんて、マイに言ったら怒られるしな」  そう。彼の恋人もまた、お人好しである。  カツヤは男の傍らにしゃがみ込むと、まずは背中に手を置いて揺する。 「大丈夫ですか? 意識はありますかー?」 「んぐうう……。い、意識はありますー……」  うつ伏せの顔から、力のない声が聞こえる。それだけでも、カツヤは胸を撫で下ろした。 「なんで倒れてるんですか? ――救急車いります?」 「いえ……お腹へってるだけなんで……」  お腹減って行き倒れって、漫画かよ。というツッコミを心の中に留めておき、カツヤは彼の腕を掴んで、無理矢理立たせる。 「じゃあ、コンビニにでも連れていきますよ」 「お金ないんです……」 「はいいい!?」  男性はどう見ても二十歳ほどの年齢。その歳で、お金を持っていないとはどういうことなのか。カツヤの脳内で、警戒せよと警鈴が鳴る。 「……材料さえ用意してくれたら、俺が作るんで……」  何言ってんだこの行き倒れ。いくら温厚なカツヤでも、さすがに疑問に思ってしまう。肩に行き倒れの青年を担ぐと、青年の顔がとなりに来た。端正な顔立ちで、鼻は高く、アゴも細いが、瞳の丸さが際立ってあどけない顔立ちとなっている。髪は黒く、目元まで前髪が落ち、ラフに七三で分けられている。 「……仕方ない。氷上家に連れて行くか」  そこから、およそ十分ほど。人というのは、道路に転がっている人間は厄介者だと決めて視線すら合わせないクセに、誰かが担いでいるとじろじろと見つめてくるものだ。  その視線に耐えながら、カツヤは氷上邸まで行き倒れを引きずっていった。 「カツヤくん……誰その人?」  出迎えてくれたマイは、行き倒れを見て困惑の色を表情に浮かべていた。ポニーテールに、高校の制服であるブレザー。胸元の赤いリボンが酷く可愛らしい。 「ああ、えっと。行き倒れの――」 「芳野春樹(よしのはるき)です。スプリングウッドって書きます……」 「あ、氷上舞です……」  よろしくお願いしますと、二人は頭を下げる。行き倒れ事春樹は、最初から頭を下げていたが。 「ちなみに、俺は狩野克弥」  舞にも手伝ってもらい、春樹を台所に連れて行く。すると彼は、多少元気を取り戻したかの様に、「お二人は向こうで待っててください」と、隣の居間に押し出された。 「あ、春樹さん。材料は自由に使っていいですから」  それだけ言うと、台所から料理を作る音が聞こえてきた。カツヤとマイは、今の長いちゃぶ台に座って、その音をBGMに二人でなんとも言えない顔をつきあわせていた。 「……変な人だよね」 「それは、マイより付き合いが十分位長い俺がよくわかる」 「あはは……。行き倒れ、だっけ? このご時世に、珍しいね」 「珍しいっていうか、ほとんど天然記念物だって。……もしかして、マスクに関係が――」 「できましたー!!」  大事な話に突入した瞬間、お盆を持って部屋に突入してくる春樹。この男、生粋の間の悪さである。彼は何故か三人前の料理を持ってきて、それをちゃぶ台に並べた。 「え……あの、春樹さん。三人分ほどあるんですけど」 「いや、自分だけ食べるのも申し訳なかったし。お礼の意味合いで――まあ、氷上さん家の食材ですけど」  春樹が並べた料理は、イタリアンの高級フルコースかと思うほどの豪華なものだった。名前はわからないが、食欲を誘う匂いを放つ料理たち。 「は、春樹さん……あんた、何者ですか?」  驚きを隠せず、声が震えるカツヤに、春樹はにっこりと笑って答える。 「俺はグラスホッパーって喫茶店バーで、シェフ兼バーテンダーをやってるんで。料理には自身があるんですよ」 「グラスホッパー?」  バッタという意味だったか。その情報を引き出すと同時に、この近くにそんなバーが存在していたかどうかを思い出す。しかし、カツヤの脳裏には、そんな店の情報はない。マイに目配せして確認してみるが、マイも首を振った。 「まあ、とにかく食べてみてくださいよ。氷上さん家、すごい高級食材ばっかりで。もう張り切っちゃって!」  春樹は、二人の前に座ると、箸を持って手を合わせる。 「いただきます!」  それに遅れて、マイとカツヤの二人も、恐る恐る「「いただきます……」」と箸で思い思いの料理に手をつけた。マイは鯛のマリネ。カツヤはアボカドと牛肉のロースト。一口食べた二人は、先程まで抱いていた不信感などのもやもやした感情が、彼らの中から消え失せたのだ。 「う、美味い!」 「このソースすごい……」  驚愕をあらわにし、二人は春樹の顔を見た。しかし、二人以上に空腹らしく、春樹は下品とも思えるような食べ方で、貪欲にカロリーを摂取していく。二人は、その様を見て、とある戦闘民族の方を思い出してしまう。  逆に目の前でそんな食べ方をされると食欲が失せてしまい、マイとカツヤは、ちょっと食べるだけに留まった。  ちなみに、二人の分は春樹が平らげた。 「――ふう、お腹いっぱい。すいません、お二人の分まで」  明らかにイキイキし始めた春樹の顔に、二人は苦笑を隠せない。 「さて。これでやっと目的が果たせる」 「……目的?」  カツヤは、自分のポケットに入った面の存在を意識し始める。春樹がバイオマスクの関係者だった場合、戦いは避けられない。この世からバイオマスクを――人に仇なす存在と戦うのは、仮面ライダーである二人の使命なのだから。 「俺、仮面ライダーを探してるんです。いきなり現れた人に、『アンタには、戦力を集めてもらう』って言われて、いきなりこっちに連れてこられたっていうか。……じゃ、お世話になりました!」 「ちょっと待ってください」  立ち上がろうとした春樹を止めたのは、マイの言葉だった。 「……私たちが、その、仮面――「ワォォォォォォォォッン!!」  しかし、マイの言葉は、犬の遠吠えによって遮られた。 「なんだ今の遠吠え……すごく大きくなかったか?」 「うん。なんだろう……」  春の表情が固まり、勢い良く立ち上がった。その瞬間、彼の表情が酷く険しいものになる。修羅場慣れしたカツヤとマイの二人ですら、ぞくりと背筋が泡立つ程の殺意が、彼から放たれている。  そして、彼は踵を返し、ふすまを開けて勢い良く居間から飛び出して行った。 「え、ちょ、春樹さん!?」  さすがにマイも驚いたようで、呆気に取られて春樹が開けて行ったふすまをまじまじと見ている。カツヤは、そのマイの手を取って立ち上がると、「追いかけよう!」 「あ、うん!」  カツヤは、マイを引っ張るような形で居間から飛び出し、長い廊下を先ほどの遠吠えが聞こえた方向へと走っていく。出たのは氷上家の中庭。日本庭園が広がるその中心に、春樹と、灰色の毛並みの人狼が立っていた。鹿威しが空気も読まず、間抜けな音を鳴らしている。 「あれ……バイオマスク……?」  まるで双子を見分ける様な慎重さで、マイはゆっくりと言葉を紡ぐ。 「……いや。見たところ、仮面じゃない」  生身であんな化物がいるのか?  しかし、カツヤにはそれを考える前に、することがある。 「春樹さん! 離れて!!」  ポケットから仮面を取り出す。その仮面には、様々な思惑が込められている。父の生き様、母の思い。それを使って守るのは、愛すべき人々や大事な仲間。そして、目の前で傷つきそうになっている人々。 「行こう、マイ!」 「うん! カツヤくん!」  マイの手にも仮面がある。氷上家の汚れた叡智。しかし今は、人々を守る救いの力。  二人は仮面を顔に装着し、叫ぶ。 『変身ッ!!』  二人の姿が、異形の姿へと変わっていく。  カツヤの姿は、赤い着物を来た大男。その腕は丸太ほどはあり、人に仇なすすべてをなぎ倒す龍の腕。仮面ライダーリュウド。  マイの姿は、壇上に舞い上がる美女。白い着物に身を包み、流麗な佇まいを見せ、敵を翻弄する白き魔性。仮面ライダーマイ。  二人は、縁側から一瞬で人狼の前に飛び出すと、リュウドは拳で。マイは蹴りで先制を取ろうとする。 「はぁぁぁぁぁぁぁッ!!」  しかし、人狼は半身になってリュウドの拳を躱すと、一歩前に出てマイの足を掴んだ。 「へっ……」  そして、マイを乱暴に振るって、リュウドに叩きつける。 「うわあ、っと!」  なんとかマイをキャッチし、ダメージを軽減するリュウド。だが、人狼はその隙に大きく息を吸い、胸を膨らませるほどのそれを吐き出すと、突風になって二人を吹き飛ばす。 「うおおお!?」 「きゃああああ!?」  屋根に叩きつけられた二人は、ずるずると引力にしたがって、地面に落ちた。 「……なるほど。三匹の子豚の狼、ってわけか」  立ち上がったカツヤは、さてどうするかと考えを巡らせる。  しかし、マイは「だったら!」と腕を前に突き出す。そして、想像し言い聞かせる。  自分は今、役に入り込む。壇上を思い出せ。今の私は、老獪! 「変身! 『翁』!」  そして、マイの姿が小さな老人に変わった。面をつけ、つづらを背負った老人。背丈はマイの物であるにも関わらず、腰が曲がっていることや、彼女の絶大な演技力によって、別人の様にさえ見える。 「……よっこい、しょっと」  つづらを下ろした翁は、中から二本のロケットランチャーを取り出す。 「イロハの、ハじゃ。――おいそこの! どきなされ」  春樹は、ちらりと翁を見てぼそぼそと何かを呟く。 「……なに?」 「ま――翁。今、春樹さんはなんて」 「『俺がやるから黙って見てろ』――だそうじゃ」 「――はあ?」  春樹を見れば、春樹はジャケットのポケットから、一枚のディスクを取り出す。様々な模様が書きこまれたそのディスクを持ちながら、春樹はポーズを取る。  右手にディスクを持ち、左手を右斜め下に突き出す。右手はまっずぐに右へ。それを、左に入れ替え、右手のディスクを腰に出現したベルトへ挿入。 「変――身ッ!!」  体でFを描いた瞬間、春樹の体が赤い炎で燃え上がる。  そして、一瞬だけ、春樹の体が鳥の様な化物になったかと思うと、その鳥を封じ込めるかの様に装甲を見にまとう。銀色の外殻に、オレンジの複眼。体に走った赤いライン。立てられた襟と、二本の白いマフラー。そして、右足のレガースが特徴的なその姿。 「……あれは、仮面――ライダー!?」  カツヤの叫びに、春樹が答える。 「俺は――仮面ライダー、フレア」  春樹――フレアは、その仮面越しでもわかるほどの憎しみを、目の前の人狼にぶつける。そして、がちがちに力がこもった声で、一言。 「……燃やし尽くしてやる」  そう呟くと、フレアは真正面から突っ込んだ。  迎撃するべく、人狼は息を吸い込むが、フレアはそれよりも先に人狼の胸に前蹴りを入れる。 「うぅぉぅ!」  小さな悲鳴と共に、人狼がバランスを崩す。そして、蹴られた位置が燃え出す。 「キャン! キャン!!」  それを消そうと、人狼は悲鳴をあげながら、慌てて池に飛び込んだ。火が消えたことを確認すると、池を飛び出し、フレアから距離を取った。 「……観念して、俺に詫びろ!!」  フレアの叫びに呼応するかの様に、フレアの右足――正確には、右足に巻かれたレガースが燃え出す。そして、高く飛び上がると、空中で右足が爆発。その推進力で、人狼に向かってまさに命を奪う弾丸の様に飛んでいく。 「バーニングフレア!!」  しかし、人狼はどこからか取り出した仮面を顔にはめる。 「――あれは!?」  カツヤの叫び。その裏には、今までの戦いがフラッシュバックする。  あの仮面こそ、彼らを苦しめてきた悪の道具。バイオマスク。ライオンキングから始まった悪の連鎖。 「うるぁああああああッ!!」  フレアの叫び。フレアの蹴りが、人狼に直撃――かと思いきや、フレアの蹴りは、ギリギリで人狼には届いていない。バチバチと激しい力がぶつかり合い、周囲に激しい影響を及ぼす。池の鯉は暴れだし、松の葉が落ちる。しかし、最終的に負けたのはフレアだった。弾き飛ばされたフレアは、庭の真ん中に落ちる。 「大丈夫ですか!?」  リュウドは急いで駆け寄ると、ゆっくりフレアを起こす。それはまるで、先程の行き倒れていた春樹を助けるような振る舞いだ。 「……なんだあれ」 「あれは、バイオマスクですよ」  リュウドの隣に立ったマイは、バイオマスクをはめた人狼を見て、大きな憎しみを隠しながら、冷静な口調で呟く。 「しかも、あのマスク見覚えない……?」  言われたリュウドは、人狼がはめたマスクをまじまじと見つめる。鋭利な目付きに、大きく笑う白い歯。 「――あれは、力場を操るマスクじゃないか!」  そう。以前、地下鉄のホームで自殺志願者を殺していた、自殺サイトの管理人が持っていた、『斥力』『重力』『引力』を操るマスク。マイが破壊したはずなのに、なぜか未知の怪人が持っている。 「……でも、弱点はわかってる」  リュウドの呟きに、マイは力強く頷いた。 「対象物が増えれば増えるほどに、その効力は弱くなる――だったよね」 「なるほど。だったら、俺の番だ」  リュウドの支えを離れ、フレアは地面を蹴った。そして、フレアの右足が燃え出した瞬間、フレアが三人に増えた。 「これが、陽炎――そして!」  増えたフレアが、人狼に向かっていく。彼らはそれぞれ、蹴りを駆使した体術で人狼を果敢に攻めるが、それでも人狼には届かない。 「……あのマスク、強化されてるのか?」  以前リュウド達が戦った物であれば、一撃くらいは入っていてもおかしくはないはず。フレアの攻撃力の高さを見ても、強化されているとしか思えなかった。 「だったら……あの力を超える力をぶつける」  フレアの力強い呟きに、リュウドは頷いた。そういう考え方も、嫌いではないからだ。 「――まあ、その力のアテがないんだけど」  しかし、その思いついたことを言うのはどうだろう。と、リュウドは首を傾げずには居られなかった。 「何言ってるの、二人とも。ここには仮面ライダーが三人もいるじゃない」  それだけ聞くと、リュウドは過去に見てきた仮面ライダー達を思い出した。テレビの向こうで果敢に戦った彼らがそろった時、それは何を意味するのか。 「――でも、今回は威力を一ヶ所に集めないと」 「だったら、こういうのは――」  リュウドは、マイに耳打ちを始める。彼の提案を聞いたマイは、力強く頷いた。フレアにも耳打ちすると、彼もマイと同じように頷いた。  そうと決まれば、彼らの動きは早かった。まずはリュウドとフレアが横に並び、その少し前にマイが立つ。 「しっかり受けてくれよ、氷上さん……!」フレアの右足に、火が灯る。 「俺が出来ればいいんだけど、俺だと重すぎるし……」リュウドは、両手を腰に回す。そこに、強大な熱が灯る。 「大丈夫。二人を信じるから」  マイは振り返って二人を見る。その表情は仮面で見えないが、二人を信頼しきった極上の笑顔であることだろう。  リュウドとフレアは、互いに必殺技の体勢に入る。そして、自らの全力を込めて―― 「バーニングフレアァァァッ!!」 「ドラゴンッ! パニッシャアァァァッ!!」  その瞬間、マイは飛び上がり、二人の一撃が到達する地点に向けて、蹴りを放つ。リュウドの拳とフレアの蹴り。二人の爆発的な攻撃力を推進力に、マイがミサイルの様に空を切って、人狼へと飛んでいく。 「ドラゴンフレア――ライダーキックッ!!」  マイの蹴りが、人狼の力場にぶつかる。  しかし、三人のライダーの力の結晶。一人のバイオマスクが叶うわけもない。マイの蹴りがバイオマスクを砕き、人狼を打ち砕いた。 「――うっし!」フレアは拳を握り、ガッツポーズを見せる。リュウドも、安堵のため息を吐いて、仮面を取り、カツヤに戻る。  マイも仮面を取ると、柔らかな笑みで二人を見つめた。仮面ライダーとしての絆が、しっかりと三人に芽生えたのだ。 「――さって。オリジンも倒したし、俺も」  フレアが、ベルトのバックルからディスクを抜き取ろうとした瞬間、彼の体がばちばちと、まるで接触不良のテレビみたいにぼやけ始めた。 「……またか。バイバイ、氷上さんにカツヤくん。また会う日まで」  そう言うと、フレアの姿が完全に消え去った。最初から居なかったみたいに、なんの痕跡も残さず。 「――、一体なんだったんだ。あの人は?」  カツヤは、頭を掻きながらフレアが立っていた地面を見る。マイも、カツヤと同じ場所を見ながら、髪を揺らして彼の傍らに立つ。 「……仮面ライダー、だよ。カツヤくん」 「ああ。なるほどね」  それだけわかれば、確かに充分だ。仮面ライダーとは、人々の自由と誇りを背負った戦士なのだから。 「さて。これからどうしようか……」 「宿題出たし、それやっちゃおうよ。二人でやれば早いし」  マイの提案に頷いたカツヤは、マイをエスコートするべく、彼女の手を握ろうとする。だが、その瞬間、マイの手と自分の手が、半分以上消えていることに気がついた。 ■仮面ライダードラグーン編  休日の繁華街は、行き交う人々で賑わっている。おもちゃをねだる子ども達、それに苦笑する両親。久々のデートを楽しむカップル達。そのつかの間の平和を、一匹の怪人の咆哮が切り裂いた。 「コゥオオオオオオオオオオオンッ!!」  道路の真中に現れた狐型の怪人は、走る車を真正面から止め、それを持ち上げると、歩道に向かって思い切り投げ飛ばす。人々は悲鳴をあげながら、蜘蛛の子を散らすかの様に逃げていく。その光景を見た車は、急ブレーキ&Uターンで、そこから走り去っていく。人々も同様だ。  ――しかしその中で、一台の赤いバイクだけが、怪人に向かって走っていく。乗っているのは、二十歳程の青年だ。前髪を多く垂らした黒髪に、白いシャツ。そして、黒いチノパン。  青年はそのまま、狐男にバイクで突っ込む。最高時速360キロのモンスターバイク――マシン・ドラグーンに突っ込まれた狐男は、二十メートル以上弾き飛ばされる。だが、軽やかに着地し、青年を見据える。 「……貴様が、この世界の仮面ライダーか」  バイクから降り、青年はヘルメットをバイクの上に乗せる。  そして、ポケットからコンパクトサイズのデバイスを取り出し、開く。そして、竜の紋章が映し出された部分をタッチし、振り上げる。 「変身!!」  その声に反応するかの様に、デバイスから『サラマンダー・イークイップ』という平坦な声。  ベルトのバックル部分に装填。輝く『DR』の文字。  青年の体が戦士の姿へと変わっていく。竜を模した赤い角、黄色い複眼。竜が鱗の鎧を羽織った様な姿をしている。  彼こそ、赤き正義の炎をその身に宿した戦士。仮面ライダードラグーンだ。 『浩一!』  ドラグーンとなった青年――吉柳浩一の耳元に、女性の声が響く。彼女の名は咲花蓮子。浩一を戦いに引き込んだ張本人である。 『……そいつ、モンスターじゃない』 「え? ――だって、モンスターじゃなかったら、あれは一体……」 『来るぞ!』  蓮子の叫びに、急いで前を見た。すると、狐男がドラグーンに向かって走ってくるのを見つけ、急いでベルトのデバイスの剣アイコンを押し、剣を取り出した。 「デイヤァァァァァァァ!!」  その狐を一刀両断しようと、大袈裟に斬りつけるが、その狐が急ブレーキをかけたことにより、すんでの所で当たらない。 「甘い」  狐は、回し蹴りでその剣を弾き飛ばすと、蹴り足を地面についての二段回し蹴りをドラグーンの腹に叩き込んだ。 「げぶ……ッ!」  その足が腹に突き刺さっている内に、素早くベルトのデバイスのアイコンをタッチして、フォームチェンジ。無愛想な電子音声が、そのフォームの名を告げる。 『リチェンジ・ファフニール』  紫の分厚い鎧に身を包んだその姿こそ、仮面ライダードラグーン・ファフニールフォーム。その強靭な腕で狐の足を掴み、引き寄せ思い切り顔面に拳を叩きつける。 「なるほど。なかなかいいパンチだ」  だが、拳を受け手なお、狐男は笑った。ファフニールはドラグーンのフォームの中で、一番の攻撃力を誇る。 『ファフニールのパンチを受けて、それで済むなんて……』  蓮子もさすがに驚いているらしい。しかしそれは、拳を放ったドラグーン自身も同じだ。むしろ、驚きは彼の方が大きい。 「――だったら、こいつはどうだ!」  ドラグーンの手に、腕まで覆う巨大なメリケンサックが出現する。それで思い切り、脇腹に拳を突き刺す。 「むぐう……ッ!!」  いい手応えが伝わってくる。狐の表情も、苦悶に染まる。  ――このまま一気に決着をつける。そうして、またデバイスに手を伸ばす。 「うるぁああああああッ!!」  だが、ドラグーンが必殺技の体勢に入ろうとした瞬間、どこかから叫び声が聞こえ、思いとどまった。  その叫び声の主は、ドラグーンの後方から爆発的な推進力で空中をダッシュし、鋭い飛び蹴りで狐男を貫いた。 「な、――まさか、何故……!?」  そして、狐男は、自身の体内を巡るエネルギーを抑えることができなくなり、膝から崩れ落ち、体が爆破した。 「うわああッ!!」  ドラグーンはその爆発に巻き込まれない様、すぐにバックステップ。  黒い煙を上げる爆炎を眺めながら、ドラグーンは先程の声が誰の物かを考えていた。聞き覚えのない男性で、怪人を倒すことの出来る人物。そんな人間、浩一には覚えが無い。 「……うっし。オリジン撃破っと」  先程の声が、爆炎の向こうから聞こえてくる。そして、徐々に影が形を取ってくる。――炎の中から出てきたのは、仮面ライダーだった。  ドラグーンが見たことのないタイプ。そもそも、自分以外に仮面ライダーが現実に存在していたのか、という驚き。 「――あなた。仮面ライダーですよね?」  爆炎から出てきたライダーは、首を傾げてみせた。頷くと同時に、ドラグーンは小声で「蓮子さん」と呟く。 『……私も、あんなタイプのシステム知らない』 「俺は仮面ライダー、フレア」  フレア。それがあの仮面ライダーの名前。 「……さっきの敵は?」  モンスターとは違う謎の敵。フレアは、先ほど見せた爆発とは対照的な、冷たい声で呟く。「あれはオリジン」 「オリジン?」 「……俺の敵。こっちにもあなたの存在理由があるみたいに、俺の世界にも。俺が存在してる理由がある。それが、オリジン」 『なにを言ってるんだ彼は? オリジンなんて勢力、聞いたこと無いぞ』 「――オリジンなんて、聞いたことないですよ」  蓮子が呟いた言葉を、ドラグーンはそのまま口にした。 「それはそうだと思います。俺は、別の世界のライダーだし」 「別の世界だなんて、信じられませんよ」 『そうだな。アンチモンスターズでも、別の世界だなんて存在は認められていない』  浩一は、その非現実的な響きを否定し。蓮子は技術者として、その非科学的な机上の空論を否定する。いや、論すらない。テストで途中式を書かず、答えだけ書いても点数をもらえないのと同じ。技術者には、論を一から十まで説明しなければ納得してはもらえない。  フレアは額をぽりぽりと掻き、ベルトのバックルからディスクを取り出した。すると、彼の姿が人間――芳野春樹へと戻った。 「俺は芳野春樹っていいます。スプリングウッドって書くんですよ」 『……浩一。そいつを連れてきてくれ。話を聞きたい』 「了解です」  一応、浩一も変身を解除した。警戒を緩めたわけではない。自分は警戒したまま、相手に警戒が緩んだと思わせるのが目的だった。 「――このドラグーンギアの持ち主が、あなたと話をしたがってるんですけど。着いてきてくれませんか?」  浩一は、じっと春樹の目を見つめる。ニコニコと笑った彼からは、浩一を騙そうという気も、先ほどオリジンという化物を倒した時の様な迫力も感じられない。 「わかりました。俺も、仮面ライダーを探しに来たんですし。そっちの方がある意味ありがたいです」 「……ところで春樹さん」 「はい?」 「バイク持ってないんですか?」 「いやー、急に呼び出されたもんで」  失敗失敗、と後頭部に手を回す春樹。しかたがないと、浩一は自分のバイクに春樹を乗せ、蓮子が待つカフェジャックへと向かった。  バイクで走ること十分ほど。住宅街の片隅に佇む白いビル。  そこに、カフェジャックは存在している。店の隣にはガレージ。そこに浩一はバイクを停めて、カフェジャックへと入店した。明るいオレンジの蛍光灯に照らされた、アットホームな店内。春樹がもの珍しそうに当たりを見回していると、浩一はテーブル席に座っていた蓮子を発見した。 「春樹さん。あの人です」  春樹と蓮子は、互いに視線を交わし、軽い会釈で挨拶を済ませる。蓮子は、淡く水色に光る白い長髪を腰まで落とし、白いタートルネックに灰色のロングスカート。名前の様に、蓮の花のようなお淑やかそうな美人である。浩一と春樹は、彼女の前に座り、彼女の言葉を待った。 「――さて、初めまして芳野春樹くん。私がドラグーンギアの持ち主、咲花蓮子だ」  春樹は、彼らが座るテーブルに近寄って来た、浩一の妹美優に、「お金ないんで」と注文を断ってから言った。 「あ、どうも」 「早速だけど。詳しく話を聞かせてくれないか? なにが、どうやって、どうして、どうなって、別の世界という結果に結びつくかを」  なぜか迫力に満ちた蓮子に、春樹だけでなく浩一まで質問攻めにあっている気分にされる。 「く、詳しくと言われても……。僕は、仮面ライダー新都って人に、いきなりいろんな世界たらい回しにされてるだけで……。二つくらい世界巡りましたよ。俺の記憶蘇らせてくれるっていうから」 「えっ」春樹の言葉に反応したのは、蓮子よりも浩一だった。「芳野さんも、記憶喪失なんですか?」 「……も、って。浩一さんも?」  頷く浩一の手を、春樹は掴んで、目を輝かせ始めた。 「うわあ。俺記憶喪失の人って初めて見たなあ」 「俺も、自分以外の人は初めてです……」  そのまま、記憶喪失あるあるでも話しだしそうな勢いを感じた蓮子は、咳払いで注目を集めた。 「あー。いいかな?」 「いやあ、どうもはしゃいじゃって」  自分と同じ表情の人間に出会えたのがそんなに嬉しかったのか、春樹の顔が一気に締まりの無いものになる。にやにやと笑って、まるで友達でも出来たようなはしゃぎ方だ。 「……仮面ライダーって、特撮ヒーローじゃなかったか?」  訝しげに浩一を見る蓮子。確かに、浩一の中ではそのハズだった。しかし、目の前の青年も自身を仮面ライダーと呼称し、事実変身もできる。しかも彼の話によれば、まだ仮面ライダーは複数人いるという。  一体どういうことなのか、浩一は思わず春樹の顔をまじまじと見つめた。 「ん? 俺の顔、なにかついてますか?」 「いや――」  その瞬間、ポケットに入れていたモンスターレーダーが震える。  蓮子の顔を見れば、彼女もそのバイブ音が聞こえたらしく、「頼む」と呟いた。 「……あなたの敵が出たんですね。俺も行きます」  いつもは一人で戦っていた浩一には、その響きが新鮮に感じられた。  二人はカフェジャックから飛び出すと、またバイクに二人乗りして、今度は廃工場地帯で走る。バブル期にでたらめな計画で立てられ、その後文字通り崩壊して行った場所。  数々の工場の網目を抜けて、マシン・ドラグーンはモンスターを探す。 「うっきゃあああああ!!」  工場の屋根から、春樹に向かって怪人が飛び降りてきたせいで、春樹がバイクから落ちた。それに気づいた浩一は、急いでバイクを停め、降りる。 「芳野さん!」  春樹のマウントを取っているのは、おそらくは猿型のモンスターだ。赤い顔に、茶色い毛。尻に生えた尻尾がまさに猿だ。その猿は、春樹の首を締めにかかっている。 「やばい……! 変身ッ!!」  デバイスの『ワイバーン・イークイップ』という声と同時に、浩一は仮面ライダードラグーン・ワイバーンフォームへと変身した。緑の外装に、背中にはバックパックブースター。スピード強化の空中戦対応フォーム。  そのスピードで春樹の元まで駆け寄り、ドロップキックで猿男を弾き飛ばす。 「うきゃっきゃきゃ!」  顔面から地面に落ちたモンスターを確認し、春樹の前に立つ。 「大丈夫ですか芳野さん!」 「大丈夫でっす!」  首をしめられたばかりにしては元気な春樹。彼もポケットから、ディスクを取り出し、腰のベルトに装填。炎を見にまとい、仮面ライダーフレアへと変身する。サラマンダーフォームへと戻ったドラグーンと並び、まずはフレアから突っ込んだ。  フレアは足技が得意なタイプらしく、蹴りを凄まじい勢いで行き来させ、ダメージを正確に猿男へと置いていく。打った位置に炎のおまけも乗せて。 「ドラグーン!! あと、よろしく!」  いきなりのフレアの叫びに、浩一は訳のわからないまま、彼の動向を見つめる。すると彼は、猿男の後ろに周り込み、まるでサッカーボールでもける様に、猿男の尻を蹴って、ドラグーンの方向に飛ばした。 「うええええええッ!?」  急いで、バックルのデバイスを開き、剣を取り出す。それと同時に、もう一度剣のアイコンを押すと、『ウェポンチャージ・スラッシュバーナー』の機械音声。  刃に炎が灯り、それを構え、さきほど狐男にしたように、大袈裟斬りで振り下ろした。 「でぇいやあああああああッ!!」  その瞬間、両断された猿男が、ドラグーンの後ろに落ち、爆発した。 「おお。すげえ……」 「すごいじゃないですよ芳野さん!」  変身を解いた浩一は、フレアに詰め寄った。 「せめてもうちょっと、そっちに渡すとか言ってくださいよ!」 「ま、まあまあ浩一さん。なんだかんだうまく行ったし」  確かに、奇跡的にも早打ちが間に合ったからよかったが。もし間に合わなかったら、単純に激突しただけだっただろう。しかし、結果は間に合った。 「――まあ、いいか」  独り言の様に呟いた浩一は、フレアの手が、半分ほど消えてることに気がついた。 「え、あれ? 芳野さん腕!」 「――ん? ああ、また違う世界に行かなきゃみたいだ。バイバイ浩一さん。またどこかで」  足も消えだし、しばらくすると、フレアの体が完全に消えた。 「……行っちゃったか」  俺も帰ろう。踵を返して、バイクに近寄り、跨ると、アクセルを握る手が、徐々に消え始めていることに気づいた。 「――え、まさか、俺も?」 ■新都社ライダー大戦  ドラグーンと戦っていたはずだったのに、今フレアの前に居るのは、ドラグーンではなく頭に『N』の字を掲げたライダーだった。 「やっと集めてきたか。仮面ライダー達を」  その声で、そのライダーが新都ライダーだとわかった。  そこは紫や黒や、ダークな色の絵の具をごった煮に混ぜた様な光景がずうっと先まで広がっている。 「集めてきた、っていうか、送られたっていうか……」  いろんな世界をめまぐるしく移動させられたフレアは、確かに多くのライダーに出会ってきたが、それは集めたのではなく、出会ってきただけだ。 「――なるほど。やっぱりあなたの差し金だったんですね?」  自らの後ろに聞こえた少女の声に、春樹は聞き覚えがあった。  振り向けば、そこにいたのは、やはり仮面ライダーマイ。 「私たちを倒したり、協力を仰いだり、何がしたいんですか?」  新都ライダーに詰め寄るマイ。腕を前に突き出し、まあまあとマイを収めようとする。しかし、何か恨みでもあるのか、マイは止まらない。 「仕方ないじゃない。今回あたいは手が離せなかったし、フレアにやって貰うしかなかったのよ。戦力集め。――あれ、見てよ」  新都ライダーが指差した先には、赤ん坊の様な姿が透けて見える、白いマユがあった。 「なんですかあれ?」  マイもそれを訊こうと思っていたのだが、それよりも先に、フレアが訊ねる。 「あれは、子ども達の純粋でネジ曲がった欲望。仮面ライダー達に、ずっと戦っていて欲しいという欲望。あれが、他のライダーの世界に、新たな怪人達を送り込んだ、ってわけ。あたいは、あのマユが目覚めないように、ずっと押さえつけてたのよ」 「なるほど。それでか」次に現れたのは、仮面ライダーリュウド。「つまり、俺達であのマユを破壊すればいいわけだ」  その言葉が聞こえたのか、マユがぐむぐむと、動き出し、中から紫色の触手が二本飛び出してきた。 「――っちぃ! 間に合うか!?」  新都ライダーは、腰のライドブッカーからカードを取り出し、ベルトに挿入しようとした瞬間、突然触手達が見当違いの方向へ飛んでいった。 「……なに?」  新都ライダーの前に降り立ったのは、 「間に合った!」仮面ライダードラグーン・ワイバーンフォームと 「――みたいっスね」仮面ライダー百鬼・迦楼羅フォーム。 「お二人さんまで……」  なぜいるのか疑問を抱いているらしいフレアの肩を、新都ライダーが叩く。 「あんたが呼んだんだ。誰かが望む時、仮面ライダーは必ず来る」  ――ああ、なるほど。  フレアの胸に、小さな炎が宿る。周りの物を巻き込んで、徐々に大きく成っていくその炎は、ずしりとフレアの中で存在感を増して行く。それが、仮面ライダーの責任。この炎は、なんて重いのだろうか。 「――さって、決めるぞ、みんな!」  新都ライダーが叫ぶ。そして、全員の怒号。  仮面ライダー達が共鳴する時、目前に敵はいない。  六人のライダー達の足は地を砕くような勢いで飛び上がり、マユを捉える。 「「ライダァァァァァァッ! キィィィィック!!」」  正義の鉄槌が、マユを裂くべく落ちる。糸とは思えないほど堅いが、そんなことは関係ない。彼らの前に、砕けぬ物はないのだから。 「歪んだ欲望なんて、忘れちまええええええええッ!!」  フレアが叫んだ瞬間、ぶつぶつとマユが音を立て裂けていく。中の赤ん坊ごとマユを貫いた瞬間、フレアの意識が真っ白に染まった。 ■エピローグ 「……お疲れさん、新米ライダーフレア」  真っ白な世界。そこで向かい合う、新都ライダーとフレア。 「――あのマユは?」 「一応砕いたけど、欠片がまた異世界に散らばったみたい。あたいはまた、それの回収に行かなきゃ」 「じゃあ、他のライダー達は――」 「さっさと帰したよ。マイには嫌われてるしね」  苦笑する新都ライダー。そして、腰元から、なにか光の玉を取り出し、フレアに差し出した。 「……じゃあこれ、約束の報酬。あんたの記憶だよ」  春樹はじっとそれを見つめ、「いらない」と首を振った。 「いらない? どうして。記憶入らないってことはないでしょ」 「んー、まあ。――でも、なんていうか」 「ん?」 「報酬目当てで仮面ライダーやるのは、なんか違うかな、って」  それを聞いた新都ライダーは、「ふふふ」と笑って、その光の玉を腰に戻した。 「それを聞いて安心したわ。――あんたの世界は、大丈夫そうね。だったら、代わりにこれをあげる。これはあんたが持つべきものだから」  フレアの手に、何かを握らせた新都ライダー。  その瞬間、世界が揺れる。白かった世界はいつの間にか真っ暗になり、目の前から新都ライダーも消えている。  その代わり、頻りに自分を呼ぶ声が聞こえてきた。 「春樹くーん。起きろー」  聞き覚えのある声。まぶたを開ければ、そこにはメガネをした、黒髪の少女が立っていた。女子高生らしく、ブレザーを着こなす少女。彼女は芳野薫。春樹が住まう喫茶店、グラスホッパーのマスター、その娘である。 「まったく。仕事中に寝るなんて。春樹くんらしくないぞ?」 「……んー、ごめん薫ちゃん」  先程までのあれは、夢だったのだろうか。  春樹は首を捻ると、手に何か握られていることに気づいた。  それは、フレアの顔が描かれた、ライダーカード。 「あれ? なにそれ春樹くん」  そのカードを覗き込む薫に、春樹は答える。「――これは、俺が認められた証だよ」と。